生徒が来る頃は曇っていたのですが
冬の観察会は予定通り、11月21日(土)に行われました。
サッカーの公式戦が組まれた関係で、当初からサッカー部員は参加できないことはわかっていたのですが、前日になりインフルエンザの発症が相次ぎ、1年生が学級閉鎖する中での開催でした。
また、当日は雨まじりの天候で、1年を締めくくる観察会としては、厳しい条件だったのですが、今回のテーマの一つである「縄文時代」を考えるには、良い機会であったように思います。

活動オリエンテーション 小橋宏充 学芸員

皆さん、こんにちは。
今日は、普段より参加者の数が少なく、少し寂しい観察会となってしまいました。
また、インフルエンザが学校で流行していること、天気も曇り空で風も冷たいので、ビジターセンターの中で話を聞いていただくことにしました。
さて、今日は若狭三方縄文博物館から講師の方をお迎えし、縄文の話をこれから聞くことになります。皆さんは、縄文時代とう言葉を聞いて、どのようなイメージを持つでしょうか?そんなイメージの中に、「昔」という言葉が入ると思うのですが、皆さんにとっての昔はいつからですか?
そこで、昔と今の境目がいつか質問してみたいと思います。
皆さん、立ってください。
これから、5000年前、500年前、50年前とカウントダウンしていきますから、その頃以前は昔と言えるが、それより後は今だと思ったら座りましょうか。
まずは、5000年前です。誰もいませんね。それでは、500年前は?。。。まだ誰も座ろうとしませんね。
次は、50年前です。おっ、一人二人座った人がいますね。では、5年前はどうでしょう。座る人が増えましたね。それじゃ、5ヶ月前ではどうですか。半分くらいの人が座ったみたいですね。そしたら、5週間前、だいたい1ヶ月程前ではどうですか。また、何人か座ってくれました。さらに、短くして5時間前ではどうですか。アッ、ほとんどの人が座ったみたいですね。ならば、5分前ではどうですか。まだ立っている人がいますね。最後に、5秒前という人はいますか。それでも立っている人がいますね。
ハイ、ありがとうございました。もう座って結構です。今皆さんに質問したことには答えがありません。
私はあの時座ったのに、友達は別の時に座っている、言い換えれば、自分と同じ様な時間を境にする人もいれば、違う人もいることがこれで分かりましたね。
ここで感じてほしいことは、「昔」と考える基準は自分たちで決めている、あるいは決められるということです。
ですから、皆さん一人一人が正解を持っているわけですが、ここで大切なことは、どうしてそう決めたのかということなのです。
今は、一人一人に理由を聞く時間がありませんが、皆さんが座った時間を境にして、どうして昔と今を分けたのかという理由をしっかり考えてほしいのです。
例えば、秒単位のプレーを行うバスケットボールやアメリカンフットボールという競技では、5秒前のプレーは過去のプレーであって、オレにとらわれていては試合を続けることはできません。
また、ネットトレードなどの株取引の世界では、5秒前のことを過去とはいいませんが、5分前の出来事は過去の取引として処理しています。
このように、どこを境目にして昔と今を分けるかということには、その人の生き方に関わっていて、同じ人であっても、何に取り組んでいる場合かによっても違ってくるのかもしれません。
これから皆さんには、全員が昔と感じている5000年前の縄文時代の話を聞いてもらいます。その切っ掛けとして、時間の感じ方やとらえ方についての話をしました。
さて、最後に今日の観察会の課題を皆さん出したいと思います。この後、もう一つの課題も出てくると思いますが、私からの課題は、冬の観察会の恒例になりました俳句作りです。この1年間の経験を生かして、ただボンヤリと眺めるのではなく、見たこと聞いたこと、そして感じたことを言葉にして伝えてみましょう。

縄文人は何をしていたのか?  ~遺物から見えてくるもの~
若狭三方縄文博物館 小島秀彰 学芸員

皆さん、こんにちは。
ここにいる皆さんの年齢は、13歳から15歳だと聞いています。平均すると、14歳ということでしょうか。
さて、私の年齢はというと34歳ですから、皆さんとは20年という年の差があるわけです。慣用句にも「十年一昔」と言うものがありますから、皆さんにとって私は相当昔の人ということになりそうです。
ところで、皆さんは「十年一昔」という言葉を知っていましたか?知っていたという人は手を挙げてみてください。アレ、あまり手が挙がりませんね。
先程の小橋さんの質問に答える皆さんの姿を見ていて感じたことですが、10年どころか5ヶ月前や5週間前のことでも皆さんにとっては昔のことになるようで、どうも皆さんと私の間でも時間の流れが違うようですね。
そうすると、縄文時代の人とも時間の流れは違っているはずですよね。時間の流れというのは、社会の変化にもよると思いますが、一つの要素として寿命の違いで変化するとも考えられます。
現代の日本人の平均寿命は80歳といわれていますが、縄文人の平均寿命はどれ位だったと思いますか。先程と同じようにカウントダウンしながら手を挙げてもらいましょうか。
まずは現代人と同じ80歳だと思う人。いませんね。では、70歳だと思う人。手が挙がりませんね。それでは、60歳だと思う人。まだ手が挙がりませんね。ならば、50歳だと思う人。やっと手が挙がりましたね。次に40歳だと思う人。オッ、これは多いですね。では、30歳だと思う人。ウン、これも多いですね。ならば、20差だと思う人は。何人か手が挙がりましたね。
これでカウントダウンは終わります。これ以上下げてしまうと子供が生まれなくなってしまいますからね。
皆さんなかなかいいところで手を挙げてくれましたね。ということで、答えを発表したいと思いますが、縄文人の平均寿命は31歳だと推定されています。
当然、高齢者が少なかったということも理由ですが、それ以上に小さな子どもの内になくなることが多かったので、平均寿命が低くなってしまうのです。
そうした縄文人がどのような生活をしていたかについて、これから話をしたいと思います。
縄文人は、現代人と違い自然の中で暮らしていました。身近にあった麻などから繊維を取って衣服にしたり、山で捕まえた動物の毛皮を利用して防寒のために利用するなどしていました。この他に食べていたものとして、カシやコナラといった木の実があります。カシやコナラの実を採取した縄文人は、その皮をむいて粉状に挽きつぶしたと考えられます。
しかし、このまま食べることはできません。なぜなら、アクがあるからです。縄文土器を使い、煮出すことによってアク抜きをしていたのです。
次に、縄文人の住まいについて考えてみたいと思います。縄文人たちは、南向きの日当たりの良い場所が好みで、住まいの形はどのようだったかというと、皆さんの正面に茅葺きの民家がありますが、この壁を取り除いたような形をしていました。
柱に使ったのは杉の木です。直径が20㎝ほどの杉の木があれば柱にでき、一つの家を造るのに約100本の木が必要でした。
このあたりにも杉の木がたくさん生えていますが、100本の杉の木が生えている場所の広さがどれ位か見てきてください。そして、もしここにいるみんなが一つの村をつくるとしたら、少なくとも10軒ほどの家が必要でしょうから、1000本の杉の木が生えている場所の広さを想像してみてください。
ところで、家を造るための杉の木ですが、当然切り倒さなくてはなりません。そのために使ったのが、ここにある石斧です。石斧だけでは作業できませんでしたから、このような持ち手をつけていました。
材料になる木は、柔らかくて弾力性のあるツバキです。もっと丈夫で堅い木、例えばカシの木の方がよいのではと思うのですが、実際にやってみると、付け根のところで折れたり割れたりしてしまうのです。
また、この角度も大切なのです。自然に生えているツバキの木をよく見て、このような角度に枝が出ているツバキの木を見つけて使っていました。
このように縄文人は、生活に必要なものを全て自然の中から探し出していました。だから、とても注意深く自然を見つめていたのではないかと思われます。
そこで、皆さんに私からの課題です。
それは、皆さんも縄文人になったつもりで、何か利用できそうなものを探すということです。
例えば、何か食べられそうなものはないかとか、ここに住むとしたらどんな場所がいいかといったことを考えながら、観察をしてみて下さい。

講師の方の話が始まる頃から雨が降ってきました。
少し雨脚が弱まるのを待ち、雨対策をバッチリ行って、観察会に出発です。
始めは嫌そうに、渋々出発した雨の観察会でしたが、しばらく歩く内にいつもの通り。
崖の方によじ登って、何かを探し始めました。
いわれるまでもなく、縄文人になったようです

観察ポイント①

季節は冬を迎えようとしていますが、春に向けての準備は既に始まっています。
アザミやタンポポのロゼットを観察しました。

観察ポイント②

研究田です
オオアカウキクサの様子は、陽が当たる水田の中は真っ赤です
これに対して日陰になる水路のところは、まだ緑色のものもあります
研究田の向かいの森はツバキがたくさん生えています
小島先生の指導を受けながら、ツバキの観察をしました。
ヤブの中に座り込む生徒達。
何か利用できそうなものが見つかったのかな?

観察ポイント③

花の季節は過ぎたように思いましたが、オオニガナの黄色い花が道端に咲いていました。
さすがに、葉の形や付き方が変わっていました。
ハス田周辺で・・・
ここにはいろいろ使えそうなものがあるね。
小島先生の一言に、使えそうなものはないか、キョロキョロと探し出しました。
ガマの穂は、火口(ホグチ)といって、火をつけるときに使えるよ
このあたりは南向きで風も避けられそうだから、家を建てて住むには良い場所だよね

観察ポイント④

いよいよ冬の観察会恒例のスポットに到着。
おやつタイム、フユイチゴの試食会が始まりました。
例年以上の豊作のフユイチゴ

観察ポイント⑤

土手の下に下りて、何を撮影しているのかな?
お茶の花でした
気がつくと、いつの間にか雨も上がっていました
何をしていたのでしょうか?スゲのタネが手袋について、取るのに苦労しています
課題を考えながら歩きます
集合場所に集まる顔は、イキイキとしていました
集合場所では
俳句が仕上がった頃に
おくれて登場したのは、5班、9班、10班のメンバーです。
10班は、水生生物の調査のために単独行動でした。
5班と9班が何をしていたかというと、昨年お世話になった中池見会の皆さんに協力していただき、5班は昔の中池見での生活について、9班は中池見周辺の里山の使い方について、それぞれ聞き取り調査を行っていました。
全員がそろったところで、観察会のまとめをしましょう。

縄文人が教えてくれるもの小島秀彰 学芸員

皆さん、今日の観察会はどうでしたか?
私は、最後の方にくっついて皆さんの活動の様子を見ていました。始めの予想では、もっとおっかなびっくりで自然に触れるものだろうと思っていましたが、いざ始まってみると、見たり聞いたり触れたり触ったり食べたりと、本当に楽しそうに活動していることに驚きました。
観察の途中で、「縄文時代の人は、何が食べられて何が食べられないかを、みんな覚えなくてはならないから大変そうだ」と言う声を聞きました。今は、着るもの食べるもの住む場所などは、何も考えなくても安全なものが手に入るようになっていますが、きっと縄文時代はそうではなかったのです。先程「食べ物を覚える」という話がありましたが、それは今日の皆さんと同じように体験の中から身につけたものではないでしょうか。
だから、何を着たらいいのか、何を食べたらいいのか、どこに住んだらいいのかを、自然と対話しながら、常に考え続けていたのでしょう。
私も、皆さんと一緒に歩きながら、住むのに快適な場所は無いか探しました。私は、4カ所くらい候補地を見つけたのですが、皆さんはどうだったでしょうか。
探すのを忘れたという人もいると思いますが、私の見た限りでは、たぶんその人も自然の中で何か体験できたのではないかと思います。
これを使うと着心地がよい、この時期にこれを食べるとおいしい、このようなときにはこのような場所で過ごすと安全だというような体験があって、これが伝わり積み重なることによって、縄文文化というものが形作られたのだと思います。
今日の体験はあなた方一人一人のものですが、それを集めて伝えることができれば、きっと大きな成果が生まれてくるのではないでしょうか。

観察会のまとめ小橋宏充 学芸員

皆さん、今日の観察会はいかがでしたか?
今年は「伝える」というテーマを伏線として観察会を行ってきました。
全員がそろうまでの時間を利用して、俳句を考えてもらいましたが、これも自分が見たこと聞いたこと感じたことを伝える手段です。俳句には、五・七・五という形があり、季語を入れるという決まりがあります。時には、その決まり事を破るということもします。
こうした工夫を凝らす俳句作りのプロの人にとって、俳句というのは一種の「メディア」となっているわけです。単に、「伝える」だけでなく、「伝わった」のかどうかということも意識するということです。
この「伝わった」瞬間というのはどのようなことが起こっているのでしょうか。
例えば、松尾芭蕉という俳人が詠んだ俳句にあなたに伝わり感動した瞬間というのは、松尾芭蕉が感動した今をあなたが体験しているということであり、あなたが生活している今という時代に松尾芭蕉が現れた瞬間であると考えられないでしょうか。
観察会の最初に、過去はいつからかという話をしました。過去に対する言葉として未来という言葉があり、その境目に「今」という時間が存在します。その「今」という瞬間が、何かが「伝わった」時だとするならば、その「今」という時間は自分たちで作れるということです。
皆さんは学校の先生から、学習についてどのようなアドバイスをもらっているのでしょうか。
最後に、指導員の方に生徒の代表がお礼を述べて観察会を終了しました。
私の高校時代の先生からは「予習中心でいけよ!」とアドバイスされました。これは、日頃から学習する習慣を身につければ、イザという時、つまり試験の時にも実力が出せるということだと思います。
つまり、試験や試合といった場面を「今」にしたいのならば、「今」にするための何か、試験であれば勉強、試合であれば練習といった「今」をつくるための作業をたくさん残しておくことが大切だと思います。
今日皆さんが体験したことや、この1年間中池見湿地で学んだことを、いつか来るであろう「今」のためにしっかりと「伝える」ようにしてください。
天候が思わしくなかった今回も、デジカメはNikonのS10と、CanonのS5の2台体制で行いました。
カメラの撮影総数は、578枚!!力作をご覧下さい。
ご覧になりたい写真をクリックしてください。拡大表示します。
今回の観察会は、天候が思わしくなく、写真撮影の枚数が少なかったようです。
特に6班にいたっては、1枚の写真も撮っていません。
でも、それにはわけがあったのです。
それは、集合したときの彼らの足元を見るとわかります。
そうです。
彼らは、写真を撮らずにフユイチゴやカキなどを取っていたのです。
こうして集めたフユイチゴを学校に持ち帰って、早速ジャム作りに挑戦しました。