秋の観察会に先立つ9月15日(水)、本校付属中学校が行う「中池見の自然を楽しもう」取り組みの意義と、その活動の先にあるものを理解してほしいということで、大学において同じ様な取り組みの責任者をなされている方のお話を聞こうということで、本校大会議室に近畿大学農学部教授の池上甲一先生をお迎えして総合学習『ふるさと敦賀塾』のスペシャル・セミナーを開講しました。 さっそく、その講演の様子を紹介します。
講師紹介
池上 甲一 先生
近畿大学農学部教授(農学博士)
京都大学大学院を卒業され、専門分野は「農業経済学」、「環境政策学」です。
先生は、農学部の学習・教育は生命を対象にしており、何よりも生命に対する深い愛情を養い、同時に社会的に弱い立場から問題を発想する力を身につけてほしいとの考えで、近畿大学農学部キャンパスにある里山とその周辺地域を学習の舞台とし、地域のNPOと協働しながら、棚田の修復や「古代米の郷」づくりなどの修復活動を推進されています。
この取り組みは、「里山の修復活動を通じた環境理解教育の実践」というタイトルがつけられ、文部科学省の平成18年度「現代GP」(大学版のSPPのような活動)に採択されれています。
また先生は、貧困は最大の環境問題だという観点から、特に貧困の深刻なアフリカを対象に農業・農村発展の可能性と方法を研究されており、その一環として、いわゆるフェアトレードの研究を進めておられ、海外へも度々出向かれています。

(この文章・写真は、近畿大学農学部のホームページ
http://nara-kindai.unv.jp/02gakka/interview-staff/ivs05-14.htmlを参考にしました。)

講演内容

皆さんこんにちは。
今、紹介にあったように、研究のために7月の末から8月にかけてはタンザニアに、9月に入ってからはフィリピンに行っていました。大学の教員というのは漢字とカタカナが好きな人種で、人を煙に巻くことが得意です。
今日は中学生の皆さんへの講義ということで、できるだけわかりやすく話を進めていきたいと思います。それでもわからないことがあったら、話の途中でもかまいませんから手を挙げて質問してください。
皆さんは、そんなこと恥ずかしくってできないと思うかも知れませんが、昨年4ヶ月ほど滞在したオックスフォードの学生達は、講義の途中でも積極的に手を挙げて質問していました。疑問に思うことは、その場で聞いた方がずっとわかりやすくなるからです。皆さんは、これから国際的に活躍する人材になってほしいと期待しています。
さて、今日は皆さんに「里山」について話をする機会をいただきました。まずこの写真を見てください。ここに写っている花が何かわかりますか?
手が挙がりましたね。
そう、カタクリの花で、とまっている蝶はギフチョウです。カタクリといっても皆さんにはピンと来ないかも知れませんが、片栗粉のカタクリです。現在の片栗粉はコムギやジャガイモのデンプンから作りますが、昔はこの花の根から作っていたのです。
カタクリは春一番に花を咲かせ、そのあとに葉が出てきます。やがてカタクリの上をおおう樹木が茂り出すと葉も枯れてしまいます。そこで、カタクリは春の妖精「スプリング・エフェメナル」と呼ばれたりします。
このカタクリの花は、今から皆さんにお話しする「里山」を象徴する花といえるのです。
さて、こうしたカタクリなどのような花が咲く「里山」ですが、近年はその注目度が高まってきています。その理由は4つあります。
第1の理由は、自然環境の悪化にともなう災害発生の防止や快適な空間(アメニティー)のモデルとして「里山」を見直そうという点です。
第2の理由は、持続可能な社会を形成するためのモデルとして「里山」の利用と管理から学ぶことができるのではないかという点です。
第3の理由は、来月(2010年10月)名古屋で開かれる生物多様性条約締結国会議(COP10)のおもな議題になる生物の多様性を保全する空間として「里山」の役割を見直そうという点です。
皆さんは、日本語がそのまま英語になった言葉として「Sukiyaki」「Tempura」「Tunami」「Karaoke」などがあることを知っているでしょう。「里山」も日本型の自然共生のモデルとして、多少の説明は必要ですが「Satoyama」と表現して理解されるようになりつつあります。
最後に第4の理由ですが、これはコモンズ(共有財)として「里山」の役割を見直そうという点です。先ほど紹介した生物多様性条約に加盟する国は、独自に多様性保存のための国家戦略というものをつくる必要があります。日本の国家戦略では「第2の危機」として里山の荒廃を取り上げ、これから先100年をかけて回復をはかっていくので、そのためには地方・民間・企業など様々な人の協力が不可欠だと述べています。
こうした理由で、「里山」が注目されているのですが、現実には「里山」はどんどん減ったり荒れたりしています。一番問題になのは、「里山」を総合的に理解する人材がいないということです。
「里山」の所有者は、山のことに無関心であり、何をしてよいのかわかりません。では山仕事の専門家である「林業者」はというと、スギやヒノキといった針葉樹の管理は詳しいのですが、コナラやクヌギといったいわゆる雑木の管理に関する知識はありません。だからこそ、多くの人がコラボ(協働)することが大切になってくるのです。
さて、ここでもう一つ「里山」に生息する生き物を紹介したいと思います。
皆さんは、これが何かわかりますか?
この生き物は、近畿大学農学部の「里山」にも生息しているカスミサンショウウオの幼生です。このカスミサンショウウオは、奈良県の絶滅危惧種に指定されている生き物で、私たちはこれを「里山プロジェクト」のマスコットにして「カスミキンタロウ」と名付けています。このイラストが描かれたTシャツやジャンバーなどがあるのですが、残念なことに今日は持ってくるのを忘れてしまいました。
このように珍しい生き物もたくさん生息する「里山」ですが、そこは一体どのような場所なのでしょうか?
「里山」は、原生林ではなく人工林または二次林で、、西日本ではクヌギやコナラ、アカマツなどからなる森林のことです。一般に、空き地は草原からだんだんと陰樹と呼ばれる森林に変わっていきます。このことを「遷移」といいますが、この変化を人の手によって止めているわけです。
Click Enlarge
こうした場所がどこにあったかを示したのがこのスライド(里地・里山の空間構成)です。中心にあるのが人が住む集落である「サト」であり、その周囲には田んぼや畑といった耕作地である「ノラ」が広がっていました。
一方、遠くに見える山の頂は「ダケ」と呼ばれ、それに続く山々が「オクヤマ」であり、ここは人が立ち入らない野生生物の生活領域です。
この境界にあるのが、屋根の材料にするためのカヤをとる場所(茅場)などに利用される「ハラ」や、煮炊きに使うシバ(粗朶)などをとるために利用される「ヤマ」で、人間と野生生物の緩衝地帯ともいうべき場所です。
私たちが「里山」と呼ぶのは、「ハラ」や「ヤマ」という場所のことを指していますが、それは単独で扱うべき場所ではなく、「サト」から「ヤマ」に至る人間が関わり合いを持った場所を一体的に捕らえる必要があります。
Click Enlarge
なぜなら、次のスライド(里山の利用)でわかるように、そこに暮らす人々は「里山」を様々な形で利用していたからです。
したがって、今は「里山」と呼ばれている場所も、その利用の仕方によって「肥草山」「柴山」「ホトラ山」などという呼び方をされていました。
これまでの話を聞いて、皆さんは「里山」というと環境保全的な場所だと感じたかも知れません。でも、実は「禿げ山」というのも「里山」の一種であり、その利用の仕方によっては環境破壊の現場になっていたこともありました。そこで生まれたのが「入会」という制度です。
これは、そこに暮らす人々の自主的判断によって「里山」に入る時期だとか、使う道具の種類、一人が持ち出せる量といったものを決めて、持続的に使えるようにしようという仕組みです。
この考え方を現代風にいうと「エコ・リュックサック」と表現できるでしょう。そして、最初にお話しした持続可能な資源利用のモデルということです。
このようにして守られてきた景観の一つが、ここに紹介する棚田の風景です。
滋賀県の高島市の棚田です。この風景は私が好きな風景の一つです。近畿大学農学部では、こうした風景を復元しようというプロジェクトを行っています。
ところで、皆さんは近畿大学がどこにあるのかご存知ですか?
近畿大学の本部があるのは東大阪市ですが、私たち農学部のキャンパスは奈良県の奈良市にあります。近くまで住宅地ができていますが、広大な自然が残された場所で、先ほど紹介したカスミサンショウウオをはじめとする多くの稀少種が生息する豊かな自然が残る場所で、オオタカなども飛来します。それくらい生物の多様度も高く、日常的に接触・体験できる里山が存在します。とはいえ、この場所も長年放置され「里山」の荒廃がすすんでいました。
Click Enlarge
そこで、この「里山」の修復を通して環境理解教育を行おうということになり、「里山学」や「里山学演習」といった講義を開講することにしました。これは単位になる成果の教育です。
それと同時に、生命への愛着を育むことが重要な点であると考え、そのために実践と経験を蓄積することに焦点を当てて、長年にわたって「里山」の管理を実践してきた地域の人から学ぶためのコラボ(協働)にも取り組みました。
Click Enlarge
さらに、学生が主体的に活動する機会と場をつくるために、単位にならない正課外の活動をいろいろ設けました。その中には「里山の整備・保全」「里山調査」「里山観察会の実施」「校外イベントへの参加」などがあります。
このような取り組み、つまり正課の教育と正課外の教育、机上の理論的学習とオン・ザ・フィールドの体験的な学習を組み合わせた取り組みは、文部科学省の教育支援プログラムである「現代GP」(平成18年度)の認定を受けることができました。
近畿大学としては初めての「現代GP」でした。
Click Enlarge
Click Enlarge
Click Enlarge
Click Enlarge
Click Enlarge
Click Enlarge
さて、具体的な体験活動としては、間伐作業を行ったり、溜池の泥あげや外来種駆除を行ったりしています。今、このため池の一つでは、絶滅危惧種であるニッポンバラタナゴの系統保存を行っています。
また、棚田の復元も行っており、復元された田んぼでは5種類の古代米を栽培しています。来年あたりには収穫した米で栗おこわを作りたいと思っています。
このように私たちは、いろいろな活動を行っています。この活動を推進するために学生インストラクター制度を設けています。その目的は、実際に「生きている」「使っている」場所を博物館のようにして案内できる人材を育てるということです。そして、近畿大学の「里山」をエコミュージアムにし隊というのが私たちの目標です。
要するに、このプロジェクトは、「里山」を守るという実践を、教育と研究の場として活用し、そのためにも地域社会との連携と協働を行う中で、この空間そのものを学びの場とすることを目指しています。
ここから、「人と自然のいい関係」のあり方や持続可能な社会の実現に向けた実践を行うことで、自然や生命との向き合い方を学ぶ姿勢を養っていきたいと考えています。
ここに集まっている皆さんは、総合的な学習の一環として「中池見の自然を楽しもう」という、私たちの活動に似た取り組みをされていると聞いています。今日のお話しが、皆さんのこれからの活動のヒントになってくれることを期待して、今日の講演を閉じたいと思います。

質疑応答

講演が終了したところで、簡単な質疑応答が行われました。
  • Q.見かけないチョウが増えてきたということですが、どういうことですか。
  • A.詳しく調べなくてはならないのですが、これまで見たことがなかったチョウが近畿大学の里山にも出現しています。
    これまで南の方にしか生息していなかったチョウが奈良でも見られるようになった可能性が高いと考えられます。このようなチョウのことを「北上種」と呼んでいます。温暖化の影響かも知れません。
  • 講演が終わり

    生徒代表から、講演していただいた池上先生にお礼の言葉を述べ、講演会を終了しました。

    高校生も聴講
    池上先生の講演は、名古屋で開かれるCOP10の会議に合わせ、その事前学習会という位置づけで、高校1年生44名も「科学探究」の授業の一環として聴講させていただきました。
    参加した生徒の中の半数は付属中学校の出身者で、昨年の成果発表会で「里山」について発表を行ったメンバーもいました。今後、環境問題を考える場面では避けて通れない生物の多様性ということに対して、日本の文化が育んだ「里山」という切り口があることを学び、自然共生型の持続可能な社会形成に向けた視点を持てたのではないかと思います。